昨年の『毎日新聞』のおける秀逸な連載・「格差社会考」について [国内政治]
『毎日新聞』の社説における連載、「視点 格差社会考」は、同紙の第一人者的記者がそれぞれの視点から現代社会を斬っており、興味深かった。
ワタクシたち教育に関心のあるものにあっては、「政府がトップダウンで実施する科学技術政策も役に立つ研究を志向している。第3期科学技術基本計画は研究の『選択と集中』を掲げ、特定の科学技術への予算配分を高める。その影響で、研究者の自由な発想に基づく基礎研究が圧迫される恐れがある。大学の新陳代謝は必要だが、行き過ぎた競争原理やトップダウンで独創的な基礎研究が切り捨てられては困る。基礎体力のある大学だけでなく、地域に根ざした地方大学にもすぐれた研究の芽はあるはずだ」(『同上』4月17日付)といった、大学における基礎研究軽視について切れ味ある物言いをしていた記事に目がとまる。
儲けに直結しない大学の基礎研究は、企業からのスポンサードはほぼ皆無だし、文科省からの補助金獲得にも常に難儀している。COEからもはずれる。工学部系統の研究開発費が企業からあった際に、基礎研究系統はそのおこぼれに与ろうとするのだけれども無視される結果となる。工学部系統にいわせれば、「うちがもらったんや、なんであんたにまわさなあかんねん」ということである。大学は、多様な企業から研究開発費をもらう。医学部における製薬会社からの寄付金、開発援助金などは、「白い巨塔」が伝えるところであった。それぞれの専門におカネを渡すわけで、価値ある=金儲けになる研究ではないと判断されやすいところには、お金は流れない。
これにメスをいれる方法は、寄付金、研究開発費の窓口一本化である。学部や学科に捉われず、一括して窓口を設け、そこに流れ込んできたおカネを大学教授会でどう分割するか論議する。そして配分を決定するという方式である。こうすれば、いままで潤沢であった、あるいはあり過ぎた工学部系統のおカネが、基礎研究系統のところにいく。たとえ傾斜配分であっても、基礎研究系統は喜ぶに違いない。
しかし、繰り返しになるが、こうした方式を工学部系統、医学部系統は嫌うから、実現しないだけである。同じ大学であっても、分け前をやるものか、という感覚である。まして、文学部や社会学部におカネがまわるわけがない。生産性がない学部に、カネはいらんという理屈である。
大学の独立行政法人化に伴い、こうした姿勢は緩和されるのかと思えばそうではない。事態は一層悪くなっているようである。さすがは世界ではじめて工学部を誕生させた日本だけある。
こうした大学内部の「格差」をテーマにする社説を『毎日新聞』が報道する一方、当然ながら生活者の「格差」をも問題視している。教育者も生活者である。生活保護の問題にも関心を持つべきであろう。そこでは、「不正受給の問題が注目されがちだが、保護を受けられる基準以下の収入でありながら受給せずに暮らしている人たちは、実際の受給者の2~4倍はいるという研究者らの調査がある。生活保護を受けると世間にさげすまれるから抑制されているのも現実だろう」(『同上』5月9日付け)と、苦しい世帯が後ろ指を指されないよう質素な生活を守っている様子が描写されている。お父さんのおこづかいどころか、あすもみえない世帯が、400万世帯あるという現実である。
資本主義社会の成立は、労資関係の定立を意味するが、そこにはハナから摩擦があることを経済学者は指摘してきた。そのバッハ回路をもとめて、道徳や共生などの理念が動員されてきた。福祉関係者は、階級闘争が内在されている資本主義の欠陥を、社会権の主張を認める立場から是正しようと四苦八苦してきた。だが、もう、ここにきて、年間3万人以上の自殺者を生んでも構わないと考える政府にがぶりよられたようである。ここにはいわゆる「七輪自殺」も含まれるのだろうが、それだけ現代版「ぼんやりした不安」があることを指し示しているといえる。
イロイロな視点から格差社会を読み解こうとしていた『毎日新聞』のこのシリーズは、近年の『毎日新聞』の秀逸連載と評価できる。別建て会計でその存続を建て直した毎日新聞社が、今後も倒産の憂き目や身売りから自己を救い、一層社会の木鐸たる地位を固めることを極めて強く期待する2007年の新春である。あまり2chにケンカを売っている場合ではない。
MSNに乗っ取られるな!毎日よ!








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